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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)8225号 判決

原告

笹谷良子

ほか二名

被告

大中満雄

ほか三名

主文

一  被告大中満雄及び被告木下運送株式会社は、各自、原告笹谷良子に対し、三二二万七八〇二円、原告笹谷拓也及び原告藤澤眞紀に対し、各五三万七九六七円、並びに右各金員に対する昭和六〇年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告大中満雄及び被告木下運送株式会社に対するその余の各請求並びに被告大中満雄及び被告中根朝広に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告大中満雄及び被告木下運送株式会社との間において生じたものは、これを五分し、その一を右被告らの、その余は原告らの各負担とし、原告らと被告中根朝広及び被告大中満雄との間において生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告笹谷良子(以下、「原告良子」という。)に対し一九五〇万円、原告笹谷拓也(以下、「原告拓也」という。)及び原告藤澤眞紀(以下、「原告眞紀」という。)に対し各三二五万円、並びに右各金員に対する昭和六〇年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年三月一〇日 午前四時五分ころ

(二) 場所 大阪府高槻市赤大路町二三番三〇号先国道一七一号線路上(国道一七一号線と南の方向からこれに交差する道路との丁字路の交差点。以下、「本件交差点」という。)

(三) 第一加害車両

自動二輪車(登録番号、大阪や四九―九七。以下、「大中車」という。)

右運転者 被告大中満雄(以下、「被告満雄」という。)

(四) 第二加害車両

普通貨物自動車(登録番号、大阪四六ち五二―三九。以下、「中根車」という。)

右運転者 被告中根朝広(以下、「被告中根」という。)

(五) 第三加害車両

大型貨物自動車(登録番号、広島一一く六八―七七。以下、「久保車」という。)

右運転者 訴外久保宜夫(以下、「訴外久保」という。)

右所有者 被告木下運送株式会社(以下、「被告木下運送」という。)

(六) 被害者 訴外笹谷茂光(昭和四五年五月七日生。以下、「茂光」という。)

(七) 態様 被告満雄は、大中車の後部に訴外西垣美代子(以下、「訴外西垣」という。)及び茂光の二名を同乗させたうえ、これを運転して国道一七一号線を京都方面に向かつて東進中、進路前方の本件交差点において、折から南方向へ右折中の中根車の左後部に自車を衝突させてこれを転倒させた(以下、「第一事故」という。)。このため、大中車に同乗していた茂光は東行車線上に投げ出されるとともに、折から東行車線を後方から進行してきた久保車に衝突された(以下、「第二事故」といい、第一事故及び第二事故を合わせて、「本件事故」という。)。

(八) 結果 茂光は本件事故による脳挫滅のため即死した。

2  責任原因

(一) 被告満雄の責任

(1) 自賠法三条に基づく責任

被告満雄は、本件事故当時、大中車をその所有者である訴外奥田隆宏(以下、「訴外奥田」という。)から借り受け、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任を負う。

(2) 民法七〇九条に基づく責任

被告満雄は、本件事故当時、一五歳の少年で運転免許も取得しておらず、運転技術もきわめて未熟であつたものであつて、そのような少年が自動二輪車の後部に二名の同乗者を乗せて深夜の一般国道を時速一〇〇キロメートルもの高速で走行すれば、わずかのきつかけで事故が発生するであろうことは容易に予見しうるところであるから、そもそも右のような運転行為自体を差し控えるべき注意義務があつたのにこれを怠り、前記のとおり、訴外西垣及び茂光の二名を同乗させて大中車を運転し、国道一七一号線を時速一〇〇キロメートルの高速で走行していたものであり、しかも本件事故現場手前では対向車線である西行車線に進入して逆行し、前方の本件交差点において右折中の中根車との衝突を避けきれずに第一事故を発生させ、その結果第二事故をも招来するに至つたものであるから、本件事故は被告満雄の過失によつて発生したものであることが明らかであり、したがつて、同被告は民法七〇九条により、後記損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告大中満(以下、「被告満」という。)の責任

被告満は被告満雄の父であるが、昭和六〇年三月二一日ころ、茂光の父である笹谷政晴(訴訟被承継人、以下、「政晴」という。)に対し、被告満雄の右損害賠償債務のうち二〇〇〇万円につきこれを引受けることを約したので、後記損害のうち二〇〇〇万円の限度で債務引受責任を負う。

(三) 被告中根の責任

(1) 自賠法三条に基づく責任

被告中根は、本件事故当時、中根車をその所有者である訴外山本幸雄(以下、「訴外山本」という。)から借り受け、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任を負う。

(2) 民法七〇九条に基づく責任

被告中根は、前記のとおり、本件交差点において南方向に右折していたものであるが、このような場合、すみやかに右折を完了して後続車両の進路を妨害しないようにすべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、右折の最中に理由もなく突然西行車線上で停止した過失により、後続車両である大中車の進路を妨害して第一事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、後記損害の賠償責任を負う。

(四) 被告木下運送の責任

被告木下運送は、第二事故当時、久保車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任を負う。

3  損害

(一) 茂光の損害

(1) 逸失利益

茂光は、本件事故当時一四歳一〇箇月の健康な男子であつたから、本件事故がなければ一八歳から六七歳までの四九年間就労可能で、その間少なくとも大阪府の昭和五九年度男子労働者平均賃金年額四四六万八一〇〇円に相当する収入を得ることができたはずであり、また、同人の生活費は収入の五割と考えられるので、右生活費を右収入額から控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息(但し、事故当時満一五歳として計算した分)を控除して、茂光の死亡による逸失利益の死亡時の現価を算定すると三五〇六万三四一四円となる。

(算式)

4,468,100×0.5×(18.418-2.723)=35,063,414

(2) 慰藉料

本件事故により生命を奪われるにいたつた茂光の精神的苦痛に対する慰藉料の額としては、一〇〇〇万円が相当である。

(二) 政晴及び原告良子の固有の損害

(1) 慰藉料

茂光の死亡によつてその両親である政晴及び原告良子の受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額としては、各三〇〇万円が相当である。

(2) 葬祭費

政晴及び原告良子は、茂光の葬儀を執り行い、葬祭費として各自六〇万九三七五円を支払つた。

(3) 弁護士費用

政晴及び原告良子は、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として各自一〇〇万円を支払うことを約した。

4  損害の填補

政晴及び原告良子は、本件事故につき、自賠責保険から各一二五〇万円(合計二五〇〇万円)の保険金の支払いを受けた。

5  権利の承継

政晴は茂光の父であり、原告良子は茂光の母であつて、茂光には他に相続人は存在しないから、政晴及び原告良子は、法定相続分に従い、茂光の前記損害賠償債権を承継したところ、政晴は昭和六一年五月二二日死亡したので、その妻である原告良子、二男である原告拓也及び長女である同眞紀(他に政晴の相続人は存在しない。)の三名において、法定相続分に従い、政晴の右損害賠償債権(茂光から相続した分と前記固有の損害賠償債権)を承継した。

よつて、被告らそれぞれに対し、原告良子は一九五〇万円、原告拓也及び原告眞紀は各三二五万円、並びにこれらの金員に対する本件事故ののちである昭和六〇年一〇月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告満雄及び被告満の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(1)の事実のうち、本件事故当時被告満雄が大中車を訴外奥田から借りていたことは認めるが、それが、訴外奥田の所有であつたとの点は否認する。大中車の所有者は訴外川畑武であり、同人から訴外奥田が預かつていたものをさらに被告満雄が一時的に無償で借り受けたものにすぎないから、被告満雄は運行供用者ではない。

3  同2(一)(2)の事実のうち、本件事故当時、被告満雄が満一五歳の少年であつて、運転免許を取得しておらず、運転歴もほとんどなかつたこと、被告満雄が訴外西垣と茂光の二名を大中車に同乗させて深夜の国道一七一号線を高速で走行し、事故現場手前で対向車線である西行車線に進入して逆行したことは認めるが、その余の点は否認する。

4  同2(二)の事実のうち、被告満が被告満雄の父であることは認めるが、債務引受の事実は否認する。

5  同3の事実のうち、茂光が本件事故当時満一四歳一〇か月の健康な男子であつたことは認めるが、その余は知らない。

6  同4及び5の事実は認める。

三  請求原因に対する被告中根の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(三)(1)の事実のうち、中根車の所有者が訴外山本であることは認めるが、その余は否認する。被告中根は訴外山本のために運転に従事していたにすぎないから、運行供用者ではない。

3  同2(三)(2)の事実は否認する。中根車が本件交差点において右折する際、西行車線上で停止したことはない。被告中根は、本件事故現場の手前約四〇メートルで右折の合図をし、時速約四〇キロメートルから時速約一五キロメートル程度まで減速した上、本件交差点の中心の直近の内側を右折したものであり、かつ、右折に際してサイドミラーで左右両側の後方を確認し、後続車が存在しないことを見届けたうえで右折態勢に入つたものであるから、右折車の運転者として尽くすべき注意義務を十分尽くしていたものである。それにもかかわらず第一事故が発生したのは、大中車がセンターラインから一・七メートルもはみ出した対向車線上を時速約一〇〇キロメートル以上の高速で後から逆行してくるというような全く予期しえない暴走行為をしてきたからであつて、被告中根の過失によるものでは毛頭ない。また、仮に中根車が右折の途中で停止した事実があつたとしても、それは、大中車に先行する単車が時速約一〇〇キロメートル以上の速度で右折中の中根車の直前を横切つていつたため、危険を避けるため止むを得ずしたことであるから、右の点において被告中根に過失があるということはできない。

4  同3の事実は知らない。4及び5の事実は認める。

四  請求原因に対する被告木下運送の認否

1  請求原因1の事実及び同2(四)の事実は認める。

2  同3の事実のうち、政晴及び原告良子が茂光の両親であることは認めるが、その余はいずれも知らない。

3  同4の事実は知らない。

4  同5の事実は認める。

五  抗弁

1  (被告満雄)

茂光は、被告満雄が運転免許を受けておらず、運転技術も未熟であることを知つており、したがつて、大中車に同乗することが危険であることは十分承知しながら、被告満雄に同乗させるよう無理矢理頼み込んで大中車に同乗したものであり、しかもヘルメットも着用していなかつたものであるから、茂光は自賠法三条の他人性を四〇パーセント以上喪失したものであつて、その損害賠償請求権の範囲もその限度において減縮されるものというべきである。また、仮に右他人性喪失の主張に理由がないとしても、右事情を考慮し、過失相殺又は信義・公平の原則に基づき四〇パーセント以上の賠償額の減額がなされるべきである。

2  (被告満)

仮に被告満が原告ら主張の債務を引き受けた事実があるとしても、被告満は、政晴の自宅に呼び付けられ、同人から日本刀をちらつかせられたり、暴力団員である旨告げられたりするとともに、もし被告満が右債務を引き受けなければ被告満の身体にどのような危害が加えられるかもしれないとの気勢を示されたため、これに畏怖して債務を引き受けたものであるから、右引き受けは強迫による意思表示である。

そこで、被告満は、昭和六〇年三月二八日、政晴に対し、右債務引受の意思表示を取り消す旨の意思表示をしたので、これによつて右債務引受の意思表示はその効力を失つたものである。

3  (被告木下運送)

久保車の運転者訴外久保は、国道一七一号線(片側二車線)の東行き車線の中央線寄り車線を中根車に後続して走行中、中根車が本件交差点で右折するため右折の合図をして減速し始めたので、それに合わせて減速するとともに、ハンドルをやや左に切り、東行二車線の区分線をまたぐようにして時速約三〇ないし四四キロメートルの速度で進行していたところ、突然西行き車線上で中根車と大中車とが衝突し、久保車の進路直前に大中車が斜めに滑走してくるのを発見したので、直ちに急制動の措置をとつたが間に合わず、東行車線上に投げ出された茂光に衝突したものであるから、本件事故は訴外久保にとつては全く予測しえず、かつ回避しえない事故であつて、右事故については同人に何らの過失はないというべきである。

そして、本件事故当時、久保車には、構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告木下運送は、自賠法三条但書により、本件事故につき損害賠償責任はない。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。被告満雄は、原告良子から茂光を早く帰宅させるよう依頼されながらこれを無視し、茂光を誘つて自己の運転する自動二輪車に同乗させたものである。

2  同2の事実のうち政晴が日本刀を持ち出し被告満に見せたことは認めるが、これは同被告の誠意のない態度に立腹してしたことであつて、同被告に債務引受をさせるために強迫したものではない。また、被告満がその主張のような取消の意思表示をしたことは認めるが、強迫の事実がない以上、取消の意思表示は無効である。

3  同3の事実は否認する。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一被告満雄及び同満に対する請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、請求原因2(一)(2)の事実のうち、被告満雄が本件事故当時満一五歳の少年で運転免許を取得しておらず、運転歴もほとんどなかつたこと、訴外西垣と茂光の二名を同乗させて深夜の国道一七一号線を高速で走行したこと、事故現場手前で対向車線である西行車線に進入して逆行したことも当事者間に争いのない。

そして、成立に争いのない甲第一〇、第一四号証、乙第三号証、丙第五号証並びに被告中根及び被告満雄の各本人尋問の結果を総合すれば、大中車の事故直前ころの速度は時速約一〇〇キロメートルであり、また、大中車が右のように対向車線を逆行したのは、事故現場手前の交差点における対面信号が赤色で、信号待ちのため停車していた先行車があつたところから、信号を無視してそのまま先行車を追い越し、高速走行を続けるためであつたこと、被告満雄は、本件交差点の手前約六〇メートルの地点において同交差点を右折中の中根車を発見したが、同車の後方を走り抜けることができるものと安易に考えてそのままの速度で進行したところ、高速のためこれを避け切れず、第一事故を発生させるとともに、第二事故をも招来するに至つたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告満雄に原告ら主張のような過失があり、その過失によつて本件事故が発生したものであることは明らかというべきであるから、同被告には本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

二  請求原因2(二)の事実のうち、被告満が被告満雄の父であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一六号証、被告満雄及び原告良子の各本人尋問の結果によれば、その余の事実(債務引受)を認めることができるところ、被告満が昭和六〇年三月二八日、政晴に対し右債務引受の意思表示を取り消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないので、以下、右債務引受が政晴の強迫によるものであるかどうかについて判断する。

ところで、右債務引受の意思表示がなされた際、政晴が日本刀を持ち出して被告満に見せたことは当事者間に争いがなく、また、被告満及び原告良子の各本人尋問の結果によれば、被告満は、昭和六〇年三月二一日、自賠責保険金の請求手続きに必要な書類をもらうために政晴方を訪問したが、その際、政晴は、被告満に対し、自賠責保険金とは別に二〇〇〇万円程度の賠償金を支払うよう強く求めたこと、しかし、被告満は、二〇〇〇万円もの大金を支払う目途は立たなかつたところから、直ちにこれに応じようとしなかつたこと、政晴が前記のように日本刀を持ち出して被告満に示したのはその際のことであり、その際、政晴は右要求に応じなければどのような事態になるやもしれないような激しい気勢をも示し、そのため、その場に居合わせた原告良子が止めに入るというようなこともあつたこと、さらにその際、政晴は、被告満に対し、暴力団関係者に知り合いがあることをほのめかすとともに、被告満が右要求に応じなければ山口組の者に請求させる旨をも申し向けていること、そのため被告満は、これに応じなければいかなる危害を加えられるかもしれないと畏怖し、その結果被告満に対し、二〇〇〇万円の賠償金を支払う旨を約し、その旨を記載した「念書」に署名押印するに至つたことがそれぞれ認められる。

以上の事実によれば、被告満の前記債務引受は政晴の強迫によるものと認めるのが相当であるから、前記取消の意思表示により右債務引受はその効力を失うに至つたものといわなければならない。

そうとすると、原告らの同被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

第二被告中根に対する請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、原告らは、被告中根には自賠法三条に基づく責任がある旨主張するが、本件事故当時、中根車の所有者が訴外山本であつたことは当事者間に争いのないところ、被告中根が中根車を訴外山本から有償もしくは無償で借り受けてこれを使用する権利を有していたことを認めるに足りる証拠は存在しない。

そして、かえつて成立に争いのない丙第四号証及び被告中根本人尋問の結果によれば、被告中根は、訴外山本の経営する山本電気工事に雇用されて配線工事等の業務に従事し、本件事故当時、同人の従業員として、中根車に同僚等を乗せて工事現場から訴外山本方に帰るためにこれを運転していたものであることが認められるので、被告中根が中根車の運行使用者でないことは明らかというべきであり、原告らの前記主張は理由がない。

三  本件事故の態様は前記争いのない事実のとおりであるところ、原告らは、被告中根が本件交差点で右折している最中に突然中根車を西行車線上に停止させたものであり、その点において同被告に過失がある旨主張し、被告満雄本人尋問の結果中には右主張に副う供述部分が存在するが、右供述部分は、前掲乙第三号証、丙第五号証及び被告中根本人尋問の結果に照らしてにわかに採用しがたく、他に原告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右事実を前提として被告中根に過失ありとする原告らの主張は理由がないというほかはない。

もつとも、前掲丙第五号証によれば、被告中根は、本件交差点で右折していた際、大中車に先行して時速約一〇〇キロメートルの速度で対向車線(西行車線)上を後方から走行してきた自動二輪車が中根車の直前を追い越していつたため、これに驚いてあわててブレーキを踏み、中根車を減速させたこと、大中車が中根車の左後部に衝突したのはその直後であることがそれぞれ認められ、被告中根本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに措信しがたいといわざるをえないところ、原告らの前記主張は右のような事実を前提とするものと解する余地もなくはないので、これを前提に被告中根の過失の有無について検討するのに、前掲甲第一〇号証、乙第三号証、丙第五号証、成立に争いのない甲第一一ないし第一三号証、被告中根及び被告満雄(後述の措信しない部分を除く)の各本人尋問の結果並びに取下前の原告久保宜夫本人尋問の結果(以下、「久保供述」という。)を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

1  被告中根は、中根車を運転して国道一七一号線の東行中央寄り車線を時速約六〇キロメートルの速度で東進し、本件交差点の手前四〇ないし五〇メートルの地点で方向指示器により右折の合図をするとともに、約三〇メートル手前から減速し、右後方から走行してくる後続車の有無については、これを確認しないまま時速約一五キロメートルの速度で右折を始めた。

2  その直後、大中車の先行者である自動二輪車が時速約一〇〇キロメートルの速度で中根車の直前を通過していつたため、被告中根がとつさに中根車のブレーキを踏んだことは前記のとおりであるが、そのとき、時速約一〇〇キロメートルの高速で西行車線上を逆行し、右自動二輪車との間に約三〇メートルの車間距離を置いてこれに追随していた大中車が中根車の後方に接近していた。

3  中根車と大中車とが衝突したとき、中根車はすでに中央線より約一・七メートル西行車線内に入つており、また、その衝突状況は、中根車の左後部に大中車の右側部分がわずかに接触する程度であつた。

以上の認定事実を前提として考えると、右折開始地点の四〇メートル以上手前から方向指示器により右折の合図をしている先行車があるのに、それを無視して対向車線上を高速で進行してきて無理やり右折中の車両を追い越すようなことは、通常予測しえないところであるから、被告中根が本件交差点手前で右折を開始するに際して右後方から走行してくる車両の有無を確認しなかつたからといつて、同被告に不注意があつたということはできないし、また、被告中根が右折の最中にブレーキを踏んで減速するようなことをしていなければ、大中車が中根車に接触することもなかつた公算が大であるといわなければならないけれども、被告中根が右折の途中でブレーキを踏んだのは、自動二輪車が高速でその進路を追い越していくという予測しえない事態が発生したからであり、危険を感じてとつさにとつた行動であると推認されるので、それもやむをえない措置であつたというよりほかはない。

そうすると、被告中根が右折の途中でブレーキを踏んで減速したことをもつて、本件事故の発生についての過失ということはできず、他に被告中根に過失があつたことを認めるに足りる証拠はない。

四  したがつて、原告らの被告中根に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。

第三被告木下運送に対する請求について

一  請求原因1の事実及び同2(四)の事実は当事者間に争いのないところ、被告木下運送は、本件事故の発生については久保車の運転者である訴外久保に過失はなく、同事故は被告満雄の一方的過失によつて発生したものであると主張するので、以下この点について検討する。

前掲甲第一〇ないし第一四号証、乙第三号証、丙第二、第六号証、成立に争いのない甲第五、第六号証、同第一九号証の一、二及び久保供述を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  訴外久保は、久保車を運転して本件交差点の手前数百メートルの地点から約三〇メートルの車間距離を保つて中根車に追随し、中央線寄りの東行車線上を走行していたところ、中根車が、前記のように本件交差点の手前四〇ないし五〇メートルの地点から方向指示器により右折の合図をするとともに、約三〇メートル手前から減速し始めたため、これに応じて自車も若干減速させ、同時にハンドルをやや左に切つて左側車線に車を寄せるようにした。

2  しかし、中根車が右折を開始してからは、東行二車線の区分線に左側車輪がかかるような位置で時速四〇ないし四五キロメートルまで再び加速し、本件交差点の手前にさしかかつたところ、右前方約一二メートルの地点で大中車が中根車の左後部に接触するのを目撃したが、特に危険を感じることもなくそのまま走行を続けた。

3  ところが、右目撃地点から約二六メートル走行した地点において、西行車線上から自車の進路前方の東行車線上に斜めに滑走してきた大中車と茂光とを認めたため、直ちに急制動の措置をとるとともにハンドルを左に切つて衝撃を回避しようとしたが間に合わず、第二事故を発生させるに至つた。

4  久保車は、車長一一・九五メートル、車幅二・四七メートル、車高三・〇二メートル、車両重量九五八〇キログラム、車両総重量一九九九五キログラムの大型貨物自動車であり、車両は前後輪とも二軸で、後輪はダブルタイヤとなつており、各タイヤはブリジストン製で、前輪前軸の左右のタイヤのサイズは八・二五―二〇一四PRで、前輪後軸及び後輪前後軸の合計一〇本のタイヤのサイズは八・二五R一六一四PRで、前輪前軸のタイヤよりも小さい。

本件事故後、久保車の車体右側の右前輪前軸のステアリングロツト、右前輪前後軸の各タイヤの外側シヨルダー部、右側後部工具箱、スペアータイヤ、右側後部泥除けマツト及び車体底部の左側ガソリンタンク内側、車体シテ、左後輪前軸内側アーム、右後輪前軸内側アーム、左後輪後軸内側アーム、後輪デイフアレンシヤルギアー下部、後部スペアータイヤ下部に払しよく痕が、右側サイドバンパー及び右側後部泥除けマツトには血液様の付着物がそれぞれ認められ、他方、茂光のズボンには久保車の前輪後軸、後輪前後軸左右一〇本のタイヤのいずれかによつて生じたものと認められるタイヤ痕が残つており、被告満雄の黒色トレーニングパンツにも久保車の左右前輪前軸タイヤのいずれかによつて生じたものと認められるタイヤ痕が残つていた。

なお、本件事故当時、久保車は三ないし四トン程度の家具を積載しており、本件事故現場道路の状況は乾燥したアスフアルト舗装道路であつた。

5  茂光の直接死因は頭部顔面打撲によつて生じた脳挫滅であるが、頭蓋骨、下顎骨、助骨、腰椎、右大腿骨等に多発性の骨折が認められたほか、身体各処に挫裂傷、擦過傷等が認められた。

以上のような事実が認められ、久保供述中右認定に反する部分は後記のとおり措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の各事実に照らして考えると、訴外久保において大中車と中根車とが接触するのを目撃した際、久保車は時速四〇ないし四五キロメートルの速度で走行していたのであるから、乾燥したアスフアルト道路の本件事故現場においては、久保車の停止距離は空走距離を長くみても二四メートル程度であつたと考えられ(久保車は、前記のとおり、前後輪とも二軸で合計一二本のタイヤを装着しており、積荷の量も最大積載量の半分以下であつたのであるから、実際にはこれよりも短い距離で停止できる可能性が大である。)、訴外久保が衝突を目撃したとき直ちに急制動の措置を取つていれば第二事故の発生は未然に防止し得たものということができる。もつとも本件第一事故が対向車線上で発生したものであり、衝突の時点で直ちに大中車もしくは茂光が久保車の進路前方に飛び出したことを認めるに足りる証拠はなく、また、茂光の脳挫傷は同人が第一事故によつて路上に投げ出された際に生じた可能性もあるので、茂光の死亡と第二事故との間の因果関係については疑問の余地がなくはないというべきであるが、右折中の四輪自動車の左後部と自動二輪車の右側部分が接触した場合、接触のシヨツクで車両重量の少い自動二輪車が左方に飛ばされるであろうことは容易に予見しうるところであるから、久保車の進路前方に茂光らが飛び出してくることの予見可能性はあつたものといわざるを得ず、また、前記のような久保車の払しよく痕及び血液様の付着物からすれば、茂光及び被告満雄が久保車と衝突しており、特に茂光は久保車と衝突後久保車の車体下部に巻きこまれている可能性が大であると考えられるので、前記脳挫滅が第一事故のみによつて生じたものと断定することはできず、したがつて、茂光及び被告満雄に衝突する直前まで急制動等の衝突回避の措置を取らなかつた訴外久保の所為は、「自動車の運行に関し注意を怠らなかつた」ものとはとうていいうことができず、右所為と茂光の死亡との間に因果関係が存在しないということもできない。

二  なお、久保供述中には、大中車と中根車との第一事故を目撃しておらず、衝突の寸前にいきなり人影が自車走行車線上に飛び出してきたものであり、第一事故を目撃しなかつたのは、久保車の右側バツクミラーによつて右前方の視界の一部が遮ぎられていたためであると思う旨の供述部分があるが、前掲甲第一〇、第一一号証によれば、訴外久保は、本件事故発生当日の午前と午後に二度にわたつて実施された警察官による実況見分においては、第一事故発生地点の手前約一一・八メートルの地点で第一事故を目撃した旨の指示説明をしていることが認められるところ、右指示説明を覆えしたことについて合理的な説明はなされていないので、右供述はたやすく信用することはできない。また、仮に右供述のように、久保車の右側バツクミラーによつて、視界が遮ぎられたため第一事故の衝突の瞬間を目撃しなかつたとしても、前認定の大中車と久保車との速度差及び久保車運転中の訴外久保の目の高さが約二・二五メートルであるのに対し、右側バツクミラー下部までの高さは二メートルである(この事実は前掲甲第一一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第八号証の一によつて認める。)から、低い位置の死角の範囲は少くなるはずであると考えられることを考慮すると、第一事故により転倒して滑走している茂光及び大中車がその後約二六メートル走行する間ずつとバツクミラーの死角に入つていたとは考え難く、したがつて、バツクミラーの死角になつていたため第一事故発生の瞬間を目撃し得なかつたとする前記供述を前提にしても、訴外久保は、第一事故後、自車の前方を滑走していた大中車及び茂光に気が付かないまま二〇メートル以上走行し、茂光の身体がすぐ目の前に飛び出して初めて気が付いたことになり、その間、同人は前方注視義務を怠つていたものといわざるを得ず、いずれにしても「自動車の運行に関し注意を怠らなかつた」ことの証明があつたものとすることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠は存在しない。

三  そうすると、被告木下運送のいわゆる免責の抗弁はその余の点について検討するまでもなく失当であり、被告木下運送は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

第四損害

一  茂光の損害

1  逸失利益

茂光が本件事故当時一四歳一〇月の健康な男子であつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実によれば、本件事故がなければ、同人は一八歳から六七歳までの四九年間稼動可能で、その間毎年少なくとも昭和六一年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳及び一九歳の男子労働者の平均賃金年額一八七万七九〇〇円程度の収入を得ることができるはずであつたと推認することができ、またその間の茂光の生活費は右収入の二分の一であると認めるのが相当である。そこで、右年収を基礎に、生活費として収入の二分の一、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除して、茂光の逸失利益の死亡時における現価を算出すると、二〇六二万九六七〇円となる。

(算式)

1,877,900×(1-0.5)×(25.5353-3.5643)=20,629,670

2  慰藉料

本件事故の態様、結果、被告満雄の過失の程度その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、茂光が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額としては、一〇〇〇万円をもつて相当と認める。

二  政晴及び原告良子の損害

1  慰藉料

政晴が茂光の父、原告良子が茂光の母であることは当事者間に争いのないところ、本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、茂光の死亡によつて政晴及び原告良子の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、右両名それぞれにつき、二五〇万円をもつて相当と認める。

2  葬祭費

原告良子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、茂光の両親である政晴及び原告良子は茂光の葬儀を執り行い、相応の費用の支出を余儀なくされたことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ葬祭費の額は、右両名につきそれぞれ二五万円と認めるのが相当である。

三  そこで、次に被告満雄の抗弁について検討するのに、前掲乙第三号証、成立に争いのない乙第二号証、甲第一七号証並びに被告満雄及び原告良子の各本人尋問の結果を総合すれば、被告満雄は、本件事故当時、一五歳で、自動二輪車の運転免許は有しておらず、運転経験も少く、運転技術も未熟であつたところ、茂光は被告満雄の友人で、本件事故以前にも一度同人に誘われて自動二輪車に同乗したことがあり、右事情を知悉していたこと、本件事故は、被告満雄が茂光とその場に居合わせた訴外西垣の両名を同乗させて運転を楽しむべく、大中車を発進させたのちまもなく発生しているが、本件事故当時、茂光はヘルメツトを着用していなかつたことが、それぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、また、茂光が前記のような被告満雄の無謀運転を制止したことをうかがわせるような証拠は存在しない。

右事実によると、茂光は、危険を承知のうえで、他の一名とともに大中車に同乗した結果、本件事故に遭うに至つたものであり、また、前記茂光の死因からするとヘルメツトを着用しなかつたために死亡という結果が発生した可能性も大であるといわなければならないから、本件事故による損害額の算定に際しては、民法七二二条二項を適用して右事情を斟酌し、前記損害額から二割を減じた額をもつて損害額とするのが相当である。

なお、被告木下運送については、過失相殺の抗弁は提出されていないが、証拠調べの結果明らかになつた右事情を過失として斟酌することとする。

四  請求原因4の事実は、原告らと被告満雄との間では争いがなく、被告木下運送に対する関係では弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、同5の事実は当事者間に争いがない。

五  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、政晴及び原告良子は本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すれば、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は各二〇万円と認めるのが相当である。

第五結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告満雄及び被告木下運送に対し、原告良子において三二二万七八〇二円、原告拓也及び原告眞紀において各五三万七九六七円、並びに右各金員に対する本件事故発生の日ののちである昭和六〇年一〇月二七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告満及び被告中根に対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笹井昇 前坂光雄 真部直子)

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